『蝦蟇倉市事件 1・2』感想
『不可能犯罪が年間平均15件起きる』という架空の街を舞台にした2冊分のアンソロジー。
久しぶりにくだらない本を読んだ(二巻のこと)。二巻は辛かったなー。
できるだけ避けたけどネタバレあり。
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【1】
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『弓投げの崖を見てはいけない』道尾秀介
初道尾作品。
間違いなくこのアンソロジー中でもっとも気合いの入った作品だろう。
お得意の叙述あり、読者へ挑戦状的な推理要素あり、読ませるドラマありという充実内容。
元々気になっていた作者だったが、満足したのでこの後二冊ほど読んだ。
ちなみに初版は致命的な箇所に誤植があって推理不可能になってるので作者ページだかどっか見ると良い。
殺害方法は無理がある。
『浜田青年ホントスカ』伊坂幸太郎
当たり。琴線に触れる面白さがあった。苦手意識のあった伊坂株アップ。
全然トリックとかない、ミステリとは遠い作品なんだけど、プロットと状況の面白さがある。こういう、どこか憎めない悪が平然と溶け込んでる感じ面白いよなー。前半の相談屋の仕事描写は良い掴み。
道尾作品の「無理のあった殺害方法」を補足した上で自作のキャラ立てに利用しているという箇所があり、他の作品とそういう繋げ方をしていたのが興味深かった。道尾先生は怒らんかったのか。「俺は俺でちゃんと整髪料の匂いを利用したっていうエクスキューズを用意していたのに!」
『不可能犯罪係自身の事件』大山誠一郎
うわぁ! 探偵役に何の魅力もない上に何の工夫も凝らされてないミステリーだぁ!
トリック部分の大元のアイデア自体は『黄色い部屋』的で面白かったのだけど、そのアイデアをうまく処理できずにトリック実行の手順が煩雑になりすぎ。結果として解答の説明部分が長くなりすぎて美しくない。この部分はこう、あの部分はこう、その部分はこうで〜と、頑張って屁理屈並べ立ててる感じになっていて、この理屈っぽさは明らかにマイナスと言える。
綾辻・有栖川的に言うと、エレガントじゃない。
『大黒天』福田栄一
元々、『あかね雲の夏』再読後に福田作品目当てで手に取った本だったのだけど、本作は(俺の考える)福田栄一らしい良さがでてなくていまひとつ。「血なまぐさい事件が起こる街」という設定とそぐわなかったようだ。
『Gカップ・フェイント』伯方雪日
軽い文体の爽やか青春ものでさっくり読める。読んでて辛くない。精神コストが安い。
Q:「10トンもの巨大な銅像が消えたと思ったら翌日には元に戻ってた! 不思議!」
A:「屈強な男たち50人くらいで動かしたよ!」
というバカミスにも怒る気がしなかったのは美点だと思う。
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【2】
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『さくら炎上』北山猛邦
なんか、『意外な動機』を模索したら上滑りして冗談になったみたいな。『意外な動機』に納得が乗らないからただの『非常識な動機』になってる。
この話の場合その納得を持たせたり感情移入させるためにもっとドラマを掘り下げておくべきだと思うけど、それがなくて超絶薄っぺらい。
オチの部分はもう一捻り効かせてくるかと思ったらこれもなく、拍子抜け。
『毒入りローストビーフ事件』桜坂 洋
くそきちぃ。
アンチ要素を含んだパロディ作品だと思うが、なんだこの、大人の洒落た会話やインテリめいた会話を書こうとしてだだ滑りしてる感。ギャグでやってるのだとしても絵にかいたような小説家のキャラは気持ち悪いし……。しかしなにより突っ込みどころがありすぎて読みながらイライラしてしまった。
- 小説家の第一推理。
- 薬物に関して詳しいことが犯人の前提条件。でもその条件を満たしていないことは証明できないわけで(独学で学んでないとは言えない)、その条件では判断材料にならない。必要ない。最初からソースに手を伸ばした順番だけを問題にすれば良い。
- アルファベットのくだりはダメ推理に見せるためのギャグだろうとは思うけど、そうは言ってもこの手のダメ推理は質が低すぎてイラつく。全員が知将レベルと評される『ハンター×ハンター』的心地よさが恋しい。
- そしてこの推理が「見事な演繹ね。感心したわ、小説家さん」とか言われる。きちぃ。きちぃ上にどこも演繹じゃない。
- 第二推理。どこが帰納法なんだ……。
- 『「個別に犯人となる条件を満たしている」と「共謀していない」は相反する条件であり二つが同時に満たされることはない。したがって誰も犯人ではない』……という部分が解らない。どういうこと? 共謀はしていないかもしれないけど個別に犯人となる条件を満たしているなら誰かが犯人であり得るんじゃないのか? てか全然相反する条件じゃないと思うけど、何なのこれ。わかる人いたらマジで教えて欲しい。嫌味ではなく、本当に言ってる意味がわからない。
『密室の本−真知博士 五十番目の事件』村崎 友
いちおう最後の推理は妄想の可能性もあるけど、これも『さくら炎上』と同じ。
リアリティもなくキャラの魅力も文章の魅力もないミステリパズルなんだけど、かと言ってパズルとしての新しさやこだわりがあるわけでもないので辛い。
『観客席からの眺め』越谷オサム
『不可能犯罪』の定義が適当すぎる。
森博嗣『工学部・水柿助教授の逡巡』の第1話にあるように、一般的に『不可能犯罪』というのは物理的に不可能(に見える)ということであり、推理小説でいえば、密室とか死体消失とかアリバイトリックとか、そういったもの。髪の毛が部屋中に散りばめられていたというのは違う。上記森作品の例で言うと「心理的謎」にあたり、これを不可能犯罪と言われると、どうしたらいいかわからん。
あと、この作品のせいで『不可能犯罪がたくさん起きる街』に『この街の住人は狂ってる』設定が上書きされちゃった感あって冷める。2巻のほとんどの作品がそうだけど、磁場磁場言っててうざかったなー。
『消えた左腕事件』秋月涼介
『密室の本』と同じ。
『ナイフを失われた思い出の中に』米澤穂信
『さよなら妖精』の外伝的作品にあたる。救われた。
「そのくらいで殺すか?」という動機ではあるのだけれど、それを補って余りあるくらいに雰囲気とドラマがある。主役の二人は事件自体とは直接的には関係ないのだけど、ちゃんと二人のドラマになってんだよね。
やっぱこの人は青春要素より社会派要素の方が本領だ。