『弱虫ペダル』 〜理屈ではない面白さ〜

弱虫ペダル 24 (少年チャンピオン・コミックス)
 本気で面白い。何度も心臓が震えたし、感動で泣きそうになった。ドラマの組み方も上手いんだけど、見せ方もすげぇ上手い。『スラムダンク』読んでた時と同等の感動は味わったんじゃないか。これを一気に読めたのは幸福だ。


 しかし新しいところが何もない、古典的熱血漫画って感じだ。構成もシンプルだし、ロジックもなければギミックもない。
 たとえば、勝ち負けの理由が最低限しか用意されてない。それが時にはそれが精神論だし、時にはそれさえもない。
 知識も最低限の説明だけで薀蓄レベルではないし*1、恋愛縦軸やエロ描写もない。『トリコ』のように残り体力を数値化するような試みもない(あれは迷走感あったが)。それぞれ必殺技的なものはあるが、フォームが違うくらいで「速い」以外の特徴がないし、能力バトル的要素もない(真波くんの風読みは能力っぽい)。
 もう一つ特徴的な点として、勝敗が優劣・格付けに結びつかなかったり、落ちたと思っていたメンバーやチームがゾンビのごとく復活したりすることが挙げられる。各キャラの最高時速だの肺活量だの具体的な数値を示すわけではないし、他キャラと比較してどちらが上というのもハッキリさせていない上、キャラが突然「成長」することがあったりもして、キャラの上げ下げが異様にフリーダムすぎる作品だ。


 つまり、本作には「理屈がない」。
 あえて理屈を書かないことでより感情の方を強烈に描写したいという意図があるのだろう。これには明らかなデメリットがある。
 たとえば、どんな展開であれ結果に必然性が感じられず、作者の匙加減一つだと感じられてしまうだろうし、「ある展開や描写における読者それぞれの感じ方の違いが修正されない」ために、キャラ認識において作者との「ズレ」が生じやすくなるだろう。
 そうなると展開に対して納得できない読者がでてきやすくなる危険性がある(「このキャラがこのキャラに勝つのはおかしい」など)。


 だが逆に、理屈がないからこそできることもある。
 勝負自体は明確に勝ち負けが決まるくせに、一度負けたキャラでも格が落ちないところは非常に面白いし、試合の形成も簡単にひっくり返るわけで、同じ部分が武器でもある。
 本作は中心の骨となる部分が「情」に偏った諸刃の剣のような作品だと言えるだろう。
 しかしその感情――「どれだけ全力で走っているか」を描写することのみに尽くしているだけのことはあって、ものすごく熱い。
 本作は少年漫画に必要なものがすべて詰まってる作品ではないかと思う。こういうのが読みたかったと思わせられる作品だ。
 「それが何か?」というのは、実際に作品を読んでもらった方が良いだろう(説明放棄)。


 もちろん中には、上記に挙げた「理屈がない」ことに端を発する数々の点に納得できず、「いまいち乗れない」読者もいるかと思うのだが、そんな人はあまり細かいことは気にしないか、好意的に脳内補完しつつ読んだ方がいい。
 作者の意図を汲まず自分の望む形にハマっていない作品を上から目線で批判したところで、批評的な実力があると認められることはないだろうし、その場のストレス発散になる以外得られるものもきっとない。何より、これだけエネルギーのある作品に触れて何も感じられないのはもったいない。


 ストーリー的にはインターハイが終わったところで一区切りつき、落ち着いた感はあるものの、今また新チームが結成され、面白くなってきたところだ。
 自分としては、才能もセンスもなく「俺は弱い」と言ってのける新キャプテン手嶋がどのようなリーダーとなりどんな走りを見せてくれるかに興味があり、期待したい。
 なんだかんだ、週刊少年誌四誌の中でもかなり楽しみにしている作品である(もちろん、四誌全作品読んでるわけではない)。


 ……余談ぽくなってしまうが、風除けがあるだけでかなり負担が違ってくること。そのために人数が多くいる方が有利であること。そして、賞を狙う人とは別に本隊を先導するスプリンターorクライマーが必ず一人は必要とされることなどロードレースのポイントがわかってくるようになるにつれより楽しめるようになった。レース中に飲み食いしてたり「5kg減った」なんて台詞も興味深くて、どのくらい消耗するのかは体験してみたいと思ったし、風がどのくらいきつくて、風除けがどのくらい楽なのかも体験してみたいと思ったし、実際にロードバイクに乗ってみたくなったし、TVでいいからレースも見たいと思った。そういう気持ちが生まれるのはやっぱり本作が真面目な作品だったからだろう。なんだかんだでライバルキャラ達もみんな純粋にひたむきな奴らばっかだし、ロードレースの魅力はバッチリ描けてる作品だと思う。





  • マジで風がどんくらいきついのかピンと来ないのはもどかしいな。いくら風がなくても、全速で走ってる奴の後についていくのはそれなりにきついだろうし、「そんなに変わるの?」って思っちゃうシーンは多かった。あと、スプリンターとクライマーの脚質の違いね。長距離選手と短距離選手みたいなものかもしれないけど、それすらよく分からんからなぁ。自転車は他のスポーツとは別のセンスだから〜ってのもよく分からんし、分からないことだらけだよ。
  • 御堂筋くんは万能だな。スプリンターもクライマーもいけるし、スタミナも多分悪くない。情報収集・分析に長けていて、精神攻撃もできる。
    • 御堂筋くんのデータレースってもっとフィーチャーされててもいいと思ったんだけど、そんなこと全然する気なく、あっさり描かれてる。ほぼ誰も「御堂筋……恐るべき情報収集能力。そして分析力……!」みたいなこと言わない。ちょっと驚く程度。データと作戦で勝つタイプにすると実力的に一段劣る印象になってしまう、でもあらゆる手段を尽くすキャラにはしたいというジレンマの結果か。
  • 女キャラ要素が薄いとは言ったものの、委員長は可愛い。ベタだし全然主要キャラではないはずなのにすごく可愛い。
    • 委員長(と真波)のエピソードはすごい好きだなー。あそこ完全にラブストーリーだわー。
  • 一人一人脱落しながら進行していく三日目。完全にバトル漫画のノリである。一人一殺である。「ここは俺に任せて先に行け!」ではないか。『NARUTO』のサスケ奪還編を思い出したよ。
  • 好きなシーンは、二日目終了後に帰ろうとした御堂筋くんが坂道くんと一緒に走るとこ。頭抱えて止まってた部長に声かけるシーンもだけど、坂道くん自身に相手を助けた自覚がないのが良い。
    • 他にも、坂道が田所と一緒に坂登るシーンも好きだし、好きなシーン結構多い。
  • タイトル。別段坂道くんを弱虫だとは感じなかったので、『全力ペダル』とかの方が良かった気がする。その言葉の方が全員を包含できるし全体に通底してるだろー。
  • まだこの部分は単行本出てないので公に書くのが憚られるが、あのキャラが突然格上げされたのは「さすが『弱虫ペダル』! さすが自由だな!」ってなった。でも熱い。

*1:単行本のおまけページにはある