『てんむす』感想 〜テーマに偏るとエンタメ分が薄れる〜

てんむす(9) (少年チャンピオン・コミックス)
 十月頃に記事を書いてはいたのだけど、なんだか雲行きが怪しくなってきており、もう少しだけ様子を見てからアップしようと思っていたら打ち切りになってしまった。およよ。


 必ずしもそういうわけではないが、「主人公」というのは、影響を受けて成長したり、影響を与えて他人を変えたりするのが基本だし、そこがカタルシスを生み出すポイントだと思う。が、本作の主人公は他の人間から影響を受けすぎていてちょっと主人公らしくない。
 最初の導入部だと、「楽しく食べる」価値観を持った天子が「真剣勝負」で食べている食い道部に入部し、みんなに好影響を与えながら部全員で強くなっていくという展開が予想される。天子は能天気で真剣味など感じさせない癖に結果はすごいという天然系実力派キャラとして描かれている。
 ところが天食祭予選の麻婆豆腐勝負において熱い豆腐をがっ食らいし口内を火傷。とても楽しく食べられる状態でないにもかかわらずチームのために食べねばならないという辛い経験を通し、競技への真剣さが加わるようになってくる。本作のテーマがスポーツ競技ものにありがちな『真剣さと楽しさの対立』だったことがここでわかる。
 ここまではいい。
 食い道競技の厳しい洗礼を与え、ただの大食らいでは勝てないのだとしたり、その競技に取り組む人たちの真剣さを描いたりして競技の格を上げるのはこの手の作品では最重要課題だし、この洗礼による挫折は主人公を成長させるのに必要なイベントだったかもしれない。
 だが、そのために主人公の良い部分が失われてしまってはダメだ。この上さらに、敗退した相手校の願いを引き継いだり、その相手や自分達を馬鹿にするチームに敵対心を燃やしたり、負けて泣いてしまうチームに同情したりして天子はすっかり、楽しく食べるキャラではなくなってしまった。
 そのうちに全国大会二試合目において天子同様にあるキャラ二人が「楽しく食べる」ことを主張しだしたりして「あれ?」と思っているうちに急展開。「楽しく食べる能力」は初期のかませ犬だった天咲花に喝を入れられることで一応の復活を迎え、そのままエンドという形で作品は終了する。


 言うまでもなく一番の問題点は天子が活躍しなかったところだ。サイドバーのアフィコメントにも『この作品は天子が楽しそうに食べてないとつまらない』と書いていたけど、その一番のカタルシスポイントを外してしまっては肩すかしにしかならない。
 天子以外の「楽しく食べる」キャラが登場したのも悪手だ。この展開だと、天子は彼女らに影響を受け過去の自分を取り戻し、部長も天子ではなく彼女らの影響で楽しく食べることの大切さを再確認しそうに見える*1。これされたら主人公の立場がないので「楽しく食べる」は主人公だけの特性であるべきだったと思うんだよな。ドラゴンボールも「強い敵にワクワクする」のは悟空だけだし*2


 「楽しく競技する」って点だと同じチャンピオン連載の『弱虫ペダル』とも比較してしまう。あれは主人公の小野田くんが落ち込んだり、折れそうになったりするんだけど、辛い時は仲間が支えてくれるし、やっぱり「理屈じゃない」って感じで笑う時には笑っていて、なんか上手いこと「笑えなくなる」状況を回避してた。それにピンチだとか決め所とか、ここぞって時に小野田くんがちゃんと皆を驚かせる活躍してくれるので非常に気持ちいい。見せ方上手い。
 『てんむす』もここを目指すべきだったと思うんだけど、「楽しく食べる」⇒「楽しいだけではダメ」⇒「でもやっぱり楽しい」というルートの中で3つ目を遠くに設定しすぎた。必然的に2の状態が長く続くことになりカタルシスが失われる。テーマを重く描こうとするあまりエンタメ性が殺された結果になったと言えるだろう。
 『弱虫ペダル』には御堂筋くんがおり「楽しさ」より「仲間の大切さ」みたいなテーマの方が強くなっていて、そのおかげで主人公の特性が死ぬのを上手く回避出来てたのかもしれないし、『てんむす』も何か新しいものに挑戦しようとした結果なのかもしれないけど。


 あと、もっと主人公たちのキャラを立てたり、もっと敵チームと思想の対立をしたりしても良かったと思うんだけどなー。『咲-Saki- 阿知賀編』の感想でも書いたように相手校のドラマ描写にシフトしていたのは、天子が活躍してるだけじゃ続けられないと思ったからなのか。
 なんにせよそんな感じで、芯の抜けた、一番見たかったところがなかなか見れなかった作品ではあったけど、作者がテーマを見失ってたわけじゃないのは確かなので、元の予定だとどう展開させようとしていたのか気になるところ。グランドストーリーは今回の打ち切りエンドと変わらず、最後に天子が自分を取り戻すという話だったのかな。


  • 作品自体は「ジャイアント白田」のような器質的に多く食べられる胃下垂チートキャラはおらず、100%根性で食べるでもなく、勝負のポイントや攻略法を絞り「いかに食べるか」という知的バトルになっていた。ただし、食べ方が重要となるバトルだったにもかかわらず、相手の食べ方を見てから真似できる対戦形式だったのは少しツッコミどころになっていた気もする。みんな早い奴の食い方を真似すりゃいーじゃんって思うし、三十年分の知識を蓄えて勝負に臨む以勢日輪高校とか、真似されたら可哀想じゃね? とかも思う。
    • 食べ方っていえば「TVチャンピオン」の大食いで実際にやってた、「とんかつの熱でキャベツをしんなりさせてから食う」とか面白かったな。
  • 一番良かったのは遊の手羽先勝負。互いが互いの食べ方に誇りと自信を持っていたので上記のツッコミどころを回避してるし、どう見ても不利なのに八尺の気持ちを汲むような戦い方をする遊も熱いし、どう見ても有利な相手が食べ残しのNGラインの見極めに意識を取られて大変というのもわかる話だし、それで一応反則にせず勝敗をつけた上で、物言いに対しては食べ残しの比較で苦言を呈するという、ほぼ完璧といっていい内容だったのではないか。
  • 大食い競技がマラソン的に喩えられてるんだけど、体力温存してたら有利というのが『弱虫ペダル』の風除け同様、いま一つ実感が得られない。「その人が食べられる量はほぼ決まっており、前日にいっぱい食べても翌日また腹が減ったら同じだけ食えるだろ」というのが自分の感覚。たぶん、胃や腸の疲れが残る=筋肉痛的な状態になるってことなのだろうな。他人の「疲れ」とか実感しづらくて当然だけど、その表現方法も難しいところだ。具体的な数字だして、このくらい大変な状態なんだぞ! って説明した方がいいのかもしれんね。
  • 漫画に限らずわりとその作家特有の武器というか、方法論ってのがあると思うのだけど、この人は「絵で魅せる」ってのをかなり意識してるっぽい。絵の演出にこだわる人はたくさんいるけど、この人は主に表情かな。スポーツ推薦校の教師とか、食ってる時の表情とか。『鉄鍋のジャン!』ばりに「漫画は『表情』!!」とでも言わんばかり。でも極端な絵の演出って見てる分にわかりやすいからくどくなるし、「頑張ってる感」が出がちだよな。
  • 部長(4巻表紙の娘)がこの髪型で糸目であらあらまぁまぁ言ってて、おまけに方向音痴なのでそういう要素だけ取り出すとあずささん度が高い。

*1:打ち切られたので本来どうなる予定だったのかはわからないが、実際部長はこのことがあって、天子に「楽しく食べて欲しい」と言ったのだと思われる

*2:逆に主人公の交代に失敗したのは悟飯にはそういう部分がなかったからだというのが私見。【121205 追記】いや、キレるとパワーアップという個性があったか。でも大人になってからは発動してなかったからなぁ。キレさせるのも大変だし、使うのが難しい個性だったのかも