料理作品感想会 4 『異世界食堂』

 異世界ものが多く占めることで有名なサイト「小説家になろう」の人気連載小説。
 異世界の住人がこちらの世界の洋食屋に迷い込み、高度に発達したこっちの料理を食べてめちゃくちゃ感動する……という話。基本、主役となる客は毎回別で、一話完結。


 自分達より下である、未発達な文明社会を見て優越感に浸る系というと言い方は悪いが、そんな感情をくすぐられる『テルマエ・ロマエ』的な鉄板設定である。この「優越感をくすぐる(俺TUEEE)」ポイントは「異世界転移もの」の必須条件として求められるところと言っても過言ではなさそうだ*1
 でもこれ、異世界とか言ったら色物に見えそうだけど、「幸福の再発見」をやろうとすればけっこう効果的というか、相性いいんだよな。生まれた時から恵まれた生活送っておいしいもの食べてるとどうしてもそれが当たり前になってきてしまうものだし、慣れてしまって輝きが失われてしまう。「日常系」寄りの作品の場合、その輝きに気付かせることが一つの課題・役割・目的だと思うのだけど、この設定だとその辺りの瑞々しい感動をわりと無理なく描くことができる。そしてそれを読んだ読者に価値を再発見させ、もう一度新鮮な気持ちでそれに触れさせられると……。
 いうわけなので必然的に描かれている料理は特別なものではなく、読者である自分達が普段食べてる・食べられるようなもの。こういうストーリーがあって、おいしそうに食べてる人がいると、自分もおいしく食べられるものだから、料理って味だけじゃないよなぁとつくづく。ちなみに俺は、「貧しい」「あまり食べたくない」という形で語られがちなカップラーメンをおいしそうに食べている作品・食べたくなってしまうシーンなんかが好きだ。そういう作品やシーンを料理別に集めればいつもよりおいしく楽しく食べられること間違いなしだろう。ビールと焼き鳥食べる前に『カイジ』読むとか。


 ここから少しネタバレ込み。
 アマチュアのネット小説なんてほぼ読んでないので、最初はいろんな不安や抵抗を感じつつちょっとずつ読み進めてたんだけど、くん、と面白さの針が大きく振れたと感じたのが*2、5話「ビーフシチュー」。これは、異世界でも王を通り越し、神的な立場にいるものすごい人にメチャクチャ気に入られている様を描いた回なんだけど、これが承認欲求をくすぐり読者を気持ちよくさせる。やり口は目新しくないんだけど、やはり鉄板。『トリコ』で小松シェフが世界の名立たる著名人に一目も二目も置かれてるのと同じやつ。これやられたらそりゃ気持ち良いだろうと。この「褒められ要素」を描くのも言うほど簡単ではないのだろうけど、本作は要となる「すごいやつ描写」にちゃんと成功していて、その分きっちり面白くなってる。
 そしてもう一つ、作品の人気を決定づけただろう話が、20話「モーニング」でのアレッタ登場回。ここで初めてレギュラーと呼べるレベルのメインキャラが増えるわけだけど、このアレッタは先の神様とは一転、極貧生活を送ってるホームレスなキャラなんだよね。つまり今度は「恵まれない子どもを助けてあげる」快感で攻めてくるわけだ。同じように優越感的なものを味わわせるのでも対称的な方法である。
 家もなくて仕事もなくて忌み避けられていて食べるものもないこの娘に、ちょっと優しく(こっちの世界では常識の範囲内)してあげるだけで、大げさに驚いたり喜んだりして、それが可愛い女の子なものだから、そりゃあまぁ、グッとくる。「アレッタちゃんきゃわわ〜」ってなって、「もっと喜ばせてほしい」「アレッタまた見たいなー」ってなる。んで、準レギュラー化したこの娘が期待に応える形でたびたび登場し、そのたび読者も気持ちよくなる。そして今では本作を支える立派な大黒柱になっている。


 基本的には一話限りのキャラが食べて感動するだけのテンプレ一話完結作品なんだけど、回を重ねるごとに再登場キャラが出てきたり、人物相関図が埋められたり、異世界の世界の話が見えてきたりして、楽しみが増えてくる。それに加え、「実時間と作中時間がシンクロしている」なんて小憎らしい仕掛けもあって、シンプルながら読み応えのある作品に仕上がっている。もちろん、毎回の食事描写も美味しそうに描かれてあり、グルメ作品としての基本的要求にも応えている(料理作品ではない)。


  • アレッタが大黒柱ということは逆に言うとキャラ人気に頼っているということだし、そもそもこの優越感要素も徐々に消耗していくものである。どちらもやがて飽きられるものであり、その点やや先行き不安である。が、余計なお世話というものだろう。
  • 実は、作中の客が作中料理の味に飽きるのではという心配もしている。人間って慣れてしまう生き物だからいつまでもみずみずしい感動は保てないだろう。それでもずっと最上級の褒め言葉を言わせ続けるとそれは「嘘」になるのではという気がする。
    • つまり、このまま続くと作品に「嘘」を感じてしまい、結果として俺が飽きてしまうのでは? という心配をしている。
      • でもそんな心配しなくていいかもしれないなぁ。ってくらいおいしそうに描いてくれてる。普段食べないコーヒーゼリーとかまで食べたくなってくる。
  • 異世界との扉が繋がっている以上、どうしたって文化文明は流入出してしまうし、世界に対して影響を与えずにはいられない。ふつうに考えれば『テルマエ・ロマエ』のように、システムや調理法・時として食材や調味料などは盗まれて当然であり、異世界で広まって当然。したがって現在連載中のような状態がいつまでも続くことはないはずなのだけど、さすがに、いまのところそれなりにうまいことその辺りへは踏み込まないようにしており、(たまに踏み込む)その辺は少々興味深く見ている。
  • つまり「異世界もの」特有の快感は基本いつまでも続く構造ではなく、一時のもの。いずれ「化けの皮」が剥がれるものなわけだ。ふつうに考えればいつか必要とされなくなる時が来るはずである。この作品の店主だって褒められてるし実際良い料理人なんだろうけど、『トリコ』の小松とは違い、格別にレベルが高いわけではないだろうし、世界には上がいるだろう。読者は神や王族に店主が褒められてると嬉しくなってしまうが、こっちの世界ではそのレベルではないのだから褒められすぎとも言える。そういう気持ち良い部分はいずれ醒める夢だ。そういったところが「異世界もの」の弱点の一つであり、摂理に反して続けようとするなら何がしか次元を上げていくような「展開」や引き延ばす「工夫」が求められるのだろう。
  • テルマエ・ロマエ』は時代間を自由に行き来できなかったり、「皇帝の命」という軸が設けられていたり、恋愛要素を取り込んだり、毎回違うタイプの風呂を扱ったりしていて、その辺り上手かった印象。作品が短いから摂理に逆らうことに成功したとは言えないけど。
  • 週一(土曜の0時)で定期更新されてんだけど、定期更新はすごい。読者側からしても助かるというか、安心感あるというか、やっぱでかいなぁって思う。特にこういうネット上のアマチュアのつづきものだと。このサイトも定期更新にできればいいよなぁ(「できれば」とか言ってるうちはやらない)。
    • 分量的にも、携帯にいれてちょっとした空き時間に読むのにちょうどいい。




  • 以上で料理作品感想会終わりー!
  • 書いてて気づいたんだけど、世の中には料理作品とグルメ作品とでちょっとジャンルが別れてんのね。ごっちゃにしてしまってたわー。意識低いな。
    • 他にも、知識をメインに描く本当に料理メインの作品と、料理を通してドラマを描くタイプの作品。凝った料理やマイナー料理を扱う作品と一般的なものを扱う作品なんかに分類できそう。これらを4象限マトリクスとかに書きこんだりするとちょっと面白そうだ。
  • なんか昔は、少年誌以外の料理ものなんて絵がめちゃくちゃ下手な人(ここで言うと『山賊ダイアリー』)がレポートor日記漫画みたいに描いてる印象があったんだけど、いつの間にかそんな印象もなくなる程度には増えたかな、という感じ。『山賊ダイアリー』はなんか許せたんだけど、『深夜食堂』的なのは絵柄で敬遠してしまいがちですよね。えへへ。
  • 他に書いた料理・グルメ作品の感想は『放課後のトラットリア』など。
  • 意外とトリコトリコ言ってた。
  • 最近は一話のみ一巻のみ無料ってのが多いからそういうので読んでみてもいいかも。自身の直感に従って買って当たり引いた時の感動は薄れるが。
  • どんな料理作品も、実食シーンがメインで、それまでがタメというか、助走というか、山に登る部分だよなー。ぜったいに実食シーンとその時の表情や感想を楽しみにしながら読んでるもん。で、その「タメ」の部分は作品のテーマや色によって違っていて、料理シーンだったり、薀蓄だったり、その他のエピソードだったりするわけだけど、こんなジャンルのものにも「型」はあるんだなーとか。

*1:ちなみに「異世界もの」という言葉はこうした「文化・文明の流入出」を含意したニュアンスで使われていると思われるので、転移していてもこれがなければ「ファンタジー」に区分されるのではないか。たとえば『十二国記』『今日からマ王』など(この二作品をほぼ知らないで言ってるので間違ってたら申し訳ない)。

*2:折線グラフ+ウソ発見器のイメージ