本筋に影響を与えない細部の倫理観問題


 この動画で『崖の上のポニョ』に関して、「金魚であるポニョを水道水に浸けるシーンがあるが本物の金魚を水道水に浸けると塩素で死んでしまう。アレは子どもが真似する可能性があるので教育上良くない」という指摘があった。
 調べてみたところ、水道水から塩素を抜くには最低でも一晩おくなり、「チオ硫酸ナトリウム」なる薬品を溶かすなりする必要があるらしい。
 これは子どもが知っているには似つかわしくない知識だし、脚本都合上時間をかけて安全な水を用意するわけにもいかなかったのだろうし、そんな細部のエクスキューズに時間を割いても冗長になってしまうだけなので仕方なくそうしたというのが実状だったのではないか。それでも何かしらフォローのしようはあったかもしれないが。


 別の話。『よつばと!』11巻の75話『よつばとともだち』において、栗から出てきた虫を手に取ったよつばに対し、あさぎが「よつばちゃん! それトイレに捨てて流してきなさい!」と言うシーンがある。
 1巻6話『よつばとせみとり』でも描かれているように、あさぎは大の虫嫌いで、殺して対処しようとする人間に設定されているようなのだが、セミの時は恵那に止められ殺そうとするだけに留まっていたのに対し、今回は実際に流してしまっている。これは殺生だ。よろしくない。なのでトイレに流すのではなく外に逃がしてやるべきでは? ……ということを考えた人間はいくらかいたと思われる*1
 家の中に入った虫を殺すか逃がすかは人それぞれかもしれないが、一寸の虫にも五分の魂ということわざもあることだし倫理的には後者が良いだろう。作品内容的にも本筋に影響を与えるところではないので「殺すのはよくない」派の存在を考えれば逃がした方が無難だ。もちろんだからと言って、アレとか蚊・ハエ等の害虫を外に逃がすとなれば世間の常識とかけ離れているためそれはそれでおかしな話になるのだが、それはまた別の話。
 あさぎの性格上セリフだけ変えて済ませる訳にはいかないので簡単な話ではないかもしれないが、性格に一貫性を持たせようとしたのであればセミの時と同様、そこにいた恵那に制止する役目を請け負わせた方が良かったのではとも思える(恵那もちょっとビビってるっぽい絵があるのでセミは大丈夫でもこっちはダメなのかもしれない)。


 この手のツッコミは人によっては本筋と無関係の細部にケチをつけ茶化しているように映るかもしれないけれど、そんな細かいところが気になってしまう人はいるし、そんな細かいところで作品全体に怒りを覚える人もいるし、そんな細かいところでキャラの好感度が下がることもあるし、そんな細かいところで印象を悪くしてしまうのも損なのでちょっとだけ気を使ってフォローなり回避なりしていくのはやっぱ大事だよね。っていう、前書いた「キャラの好感度問題」ともつながる話。
 ただ、『バクマン。』の大場つぐみが女性観その他に関してかなりの批判を受けていたように、この手の問題は元々まともなモラルを備えている人しか気付けない&描けないものなので、気を付けてどうにかなるという話でもない。ボロが出やすい部分だ。


 逆に受け手側としては、ただ単に「おかしい」「間違ってる」「許せない」「ダメだ」と言うのではなく、まず「脚本上フォローが難しかったのかどうか」「どうしても回避できなかったのか」を判断することが重要になるだろう。「フォローが難しかった」場合、それを理解した上で許容するか、それでもダメとするかはまた意見が分かれるところだろうけど。