料理作品感想会 1 『孤独のグルメ』/『高杉さん家のおべんとう』/『きのう何食べた?』

 料理作品の感想をまとめてアップだ!
 年末の「今年読んだ作品」みたいな記事でアップしようとしていた古い文章も混じってるんだけど、そっちはなかなかアップできそうにない(いずれしたい)ので、とりあえずこういう形で。
 料理作品だから読む、ってことはべつにないんだけど、惹かれるものがあるジャンルなのも事実で、なんだかんだ溜まってたこのジャンルの作品感想を企画モノっぽくまとめてみようかなーって感じやね(脈絡のない東條希口調)。
 ネタバレなしなので、未読でも平気です多分。


孤独のグルメ【新装版】
 それほど熱心な読者ではないのでいま出回っているコミック一冊しか読んだことないはず。


 おっさんがひとりで飯食って、独り言という名のリアルツイッターかましつつ郷愁に帰ったり物思いに耽ったり横柄な店長にアームロックかけたりするだけの渋い作品なわけで、そのままでは、「これのどこが面白いの?」という人多数だったのではないだろうか。


 思うにこれは、言葉のチョイスを始めとしたおっさんのどこかズレた調子が面白いわけだが、これがいわゆる「シュールな笑い」的なものに当てはまる代物で、普通に読んでたら理解できない。これを面白く読むには、本作のどこがおかしいのかを逐一拾ってツッコミを入れていけるだけの感性を持った人達の存在が不可欠であり、そういう人達がいたからこそヒットしたのだろう。ごく少数の、作品を斜めに読む視点を持った人たちがネット上でネタにし、そうしたフィルターを一枚噛ますことでようやく面白さが一般人にも伝わるようになったのではないかと思う。


 自分自身、ネットでネタになっていたから読んだ口であり、先入観なしに読んでいたら面白いと思えていたかわからない(「なんだこの漫画」くらいには思ったかもしれない)。先入観なしに読んでみて自身の感性を試してみたかった気もするが、紹介されてなければ100%読んでなかっただろうしなー。


 同じタイプの作品としては、『テニスの王子様』なんかも似たところがあるように思う。一見ネタに見えないものを調理して提供してくれる料理人のような読者を介してようやく食べ方がわかるという……(むりやり料理に絡めてうまいこと言おうとした)。そして下手したら作者はウケ狙いのつもりで描いてなかったりする可能性もなきにしもあらずんば虎児を得ずみたいなさー。ホント、どういうつもりで話作ってんだろう。


 それにしても本作はその面白さを言葉で説明しにくい作品だよなぁ。ゴローちゃんはあくまでちょっとズレている感じなだけで、極端な変人ではないし。そう……変人ではないんよ。だから「何とも表現しがたい」という、本来の意味での「微妙」な味わいの作品なんだよなぁ。


  • あ、これ、料理作品じゃなくてグルメ作品だな。
  • 前にも言ったかもだけど、ドラマは(少なくとも漫画の再現としては)受けつけなかったです。枯れ過ぎてて。制作サイドは若者が枯れたおっさんを見て笑ってると思ってんのかね。
  • 料理の話してない! 「いくらどぶ漬け」とか食べたかったけど店潰れてたんだよなー(特別そこでしか食えないものではない)。食べたい料理はわりとあったようなそうでもないような。
  • 一人焼肉はやったことないけど、やっても良いかなとは思ってる。一から十まで一人でやったときってそれが「一人で焼肉に行く」みたいな小さなことでも一人でできたことに対する妙な感動ってのがあると思うんだけど、本作はその辺の、一人でいるときの妙に情緒的になる感じがよく出てる作品だなぁと思いました(真面目感想)。



高杉さん家のおべんとう 1
 三十歳くらいの独身男がとつぜん中学生女子を引き取って育てることになった話。その中で一緒に料理しておべんとう作ってっていうやつ。
 ひとつの王道の型であると思うのだけど、この手のギフト型、あるいは救済型成長ストーリーというのは好きだ。本書が売れた要因ってこの設定がでかいよねと思う。


 「ギフト型成長ストーリー」というのはいま勝手に名付けてみた。「一人の冴えない人間や悪人が、ある日突然手のかかる厄介な荷物を背負わされるんだけど、苦労するだけの面倒な荷物だと思われたそれが本当は主人公にとってのギフトであり、その出来事をきっかけに成長していく……」的なパターンの話。そのギフトがここでは久留里という中学生の女の子というわけだ。この系統のギフトは小さい子どもが多い印象。「子育ては親育て」なんて聞いたことがあるけど本当にその通りなんだろう。自分より知識も経験もなく学ぶところなんてないと思ってしまうような子どもであっても、関わることで見えてくるものというのがあるということらしい。
 ただ、それは本来、安定した仕事や財力があったり健康だったりその他もろもろの条件をある程度満たした人間が結婚して子を育ててはじめて得られるものなわけだから、それらを経験せず得ているのが「ギフト」だし、形式上は主人公側が助けながらその実こちらも救われているというのが「救済」なので「ギフト・救済型成長ストーリー」とか名付けた。わかりにくいか。


 本作と似た作品として『うさぎドロップ』や『よつばと!』あたりが連想されそうだけど、あれらの主人公は最初から立派にやっていた様子なので「ギフト」ではない。価値観が変えられたり救われたりしているかもしれないけど、鬱屈を抱えて生きている人間がギフトによって浄化・成長するというこの定義からは外れる。『ドラえもん』なんかが当てはまるかもしれない。


 そうした「ギフト」だからこそ面白いと思うのは「弱い人間」や「持たざる者」でも救われる話を見たいと思ってるからだろうか。本作の主人公の高杉くんって、たぶんこの先なんとか上手くいい仕事に就いて、結婚もすると思うんだけど、それはきっと久留里のおかげなんだよね。小坂さんは久留里が現れる前から高杉くんを好きだったかもしれないけど、久留里がいなかったらダメだったのでは? って気がする(今後もどうなるかわからないけど)。色んなことが、上手くいかない人間だったんじゃないだろうか。そんな人間でも、ひょんなきっかけでギフトを得て変われる可能性があることを信じられるっていうのは癒しであり希望でもあるし、読者は作中の出来事を羨ましがるのと同時に「自分も毎日頑張ってたら何かいいことあるんじゃないか」って気分になることだろう。そういうわけでやっぱり鉄板の設定であると思う。平たく言うと座敷童か。


 ただ正直、本作に関しては作者の力量に疑問を覚えざるをえず、拙さを感じさせられることが少なくない。それは絵とかコマ割りとか、もろもろ全体的になんだけど、やっぱ大きいのはキャラと見せ方かなー。キャラは少々古臭く浅薄な感じがする上その作者だからこそ描けるというオリジナリティが感じられないし、毎回の料理やストーリーにしてももう少し印象的・劇的に描けるのではないかと思ってしまう。必ずしも悪いとは思わないけど、いま一つ料理が魅力的に感じられない気もするし……。


 でも、弁当・料理知識の他に大学のシステムや研究周り、出世のことなんかが軸の一つとして描かれてもいるので、そのあたりで興味深く読めなくもない。
 あとは小坂さんが可愛い。久留里も可愛いんだけど、こういう設定のこういう立場の年の離れた女の子が「ちょっと何考えてるのか解りにくいように描かれる」ってのはお約束みたいなもんだしな。小坂さんが可愛い。



きのう何食べた?(1) (モーニングKC)
 よしながふみ先生の作品を読むのは初めてなんだけど、すごい人だなーと感じさせられた。本作は、作者の人間性、あるいは人間力みたいのが色濃く出ている系統の作品。その人間力で読ませる作品であり、プロットで読ませる系ではない。


 料理漫画って、過去の想い出やその時期のイベントなど、ちょっとしたエピソードと共に語られるというのが一つの手法としてある。それがないと本当に料理するだけになり、起承転結のある「お話」にならないからって理由とかだろうけど、本作は少年誌的に「料理で問題を解決しよう!」ってほど大々的なレベルにはならない。
 本作は主に外で仕事するAパート、仕事終わってから帰りに買い物して家で料理して一緒に食べるBパートと別れてるんだけど、AとBの結びつきが弱かったり、問題が劇的に解決しなかったりする。
 で、俺はそこに強い「日常性」を感じたんだよね。
 ほんと本作は、これこそ日常系ってくらい紛れもなく日常系。「不思議なこととか超能力とか大事件大冒険がなくても世界って楽しいものだよ」ってのが「日常系」の一つのコンセプトだとしたら、それは性質的には反(アンチ)少年誌、大人なものだと思うんだよね。少年誌だとやっぱ「○○を賭けて料理でバトル!」とかやっちゃうわけじゃん。本作は本当に、ほとんど劇的なことが起こらないし、起こらないまま一年二年と時間が経ってる。
 そういう、何でもない話でもきっちり作品になるよう描けているのがすごいと思ったし、こういうのを描けるってこと自体が大人だよねって感じがした。単に「何もない」のがすごいってことじゃなく、それを成り立たせられるだけの感性を持っているところにすごさを感じるということ。つまり、この作品を見てると作者は、「生活する」ってこと自体に楽しさや喜びを見出してるんだろうなって感じるわけです。で、何でもないような日々を大事に思えるところに人間的円熟味を感じると……。若いうちはやっぱ八神月くんみたいに「退屈だ」って思っちゃうわけですよ。


 本作はゲイのカップルが主役の話であり、それらにまつわる云々が主軸の話でもあって、一応縦軸は存在する。一応というか、立派に存在している。それが時折影を落としたり、ドラマティックに展開したりもするわけだけど、読んでるとやっぱ日常系なんだよね。そこの設定が少し特殊なだけで、ドラマティックな展開はあるけど突飛なことが起こるわけではないという。だから縁のないゲイカップルの話であってもリアルなものに感じられるし、ついていけない・振り落とされるということがない。すばら。


 カップルだけどかならず一緒に料理するわけじゃない。片方は料理得意で、そいつがメインで作る。で、もう一人がそれを美味しく食べる役割である……と。
 そして本作、なんというか、おいしそうに食べてもらえることで何かが救われてる感じがすごい伝わってくるんだよな。作る側が特別深刻な問題を抱えてるとか、嫌々作ってるとかじゃないんだけど、「おいしい」って言ってもらえたとき、確実に「何か」が救われている。そういうの見て、「なんかいいな」って思う。そんな作品です。
 ああ、つまり本作は、「料理」や「食卓」という視点で二人の関係を切り取ったり、そこに象徴させたりしたラブストーリーとも言えるのかな。ゲイは描けてもゲイのベッドシーンを描くわけにはいかないもんな。


 料理に関しては、家庭的かつ実用的。この漫画を見て十分に作れるレベルだし、なかなかおいしいのではないでしょうか。俺は煮込みハンバーグが気に入りました。シャーベットも作りたい。